街のコーンスープ担当
経営コンサルタントとして足かけ20年、「おんしゃんの仕事は、コーンスープ担当なの?」そう、「コンスルタント」・・・と息子が言っていた親父の日記。
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THANN-011(たん)

Author:THANN-011(たん)
札幌出身千葉在住
医療経営コンサルティングと街づくりを行う野球少年2人と野生人犬「たん」の父親
クリニックの経営をみながら、不動産ネットワーク開発に邁進中!



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花粉症と戦う海まちデザイン
先日の日曜日、地元の街づくりの市民活動「海・まち・デザイン」
のオープンフォーラムを開催した。
その名も「水辺をいかしたまちづくりデザイン」の集い。

34名もの方が参加、初めての方も14名いらした。
市民サイトでのPR、朝日新聞にも記事掲載して頂いてことの効果は
大きく、新ためてPRでははく、広報が重要かを思い知らされる。

先月までに会則を作ってたのだが、今のところ、その目的を次のように
定義した。

「海・まち・デザイン」は、誰もが参加できるオープンな
デザインネットワークです。三方向を海にかこまれた浦安市の環境を
最大限にいかしたまちをデザインし、浦安独自の歴史や文化が未来に
息づくまちづくりを実現することを目指して活動しています。

と・・・いった趣旨に賛同頂けた方が少なくなったことを
純粋に嬉しく思う。

SH010679.jpg


前半戦は代表メンバーから3つの活動報告

一つ目は「三番瀬を考慮した住宅街づくりの協同デザイン 」
Iさん、心こもった市民目線のgoodなプレゼン。
そう、この残された低層住宅地に、超広域で開発していこう!
URさん、市、ディベロッパーと協業できたら、こんな面白いことはない。

きっと、20年後に「あぁあの市民団体が影響力を発揮して、日本
でも珍しい海に面した都心の環境共生住宅地ができたんだね」
と言ってもらえる・・・だろうか。

二つ目は「三番瀬をいかした自然公園の提案 」
Gさん、さすが実績が違う。アオギスを戻すためには50年、100年
かかるかもしれないが、とても価値があること。

三つ目は「境川を市民が楽しめる川にする取り組み」
Jさん、プレゼン慣れてますね。
先日の境川のゴミ掃除で自転車30台出てきたというから、どこの
街もまり変わらない。
水上交通は渋滞もなく、防災上も有効。何と言っても
川を日常生活に活かすなんて、「ぶんかてき」

SH010683.jpg

後半戦は、グループディスカッション
みんな、意見を持っている。こんな人たちが私たちの回り
に住んでいたんだと関心する。
実績がある人、専門知識がある人、人脈のある人、情熱のある人・・・

ある市議の方も「こんなにパワーがある市民活動はない」と言って
くれたのも、真実はどうあれ、そう映ったことが嬉しい。

ここのところ、実は、活動にあまり貢献できていない。
忙しさにカマケテいる。

ビジネスとは違って、利害関係のない、ゆるやかな共同目的意識の
中で、世代を超えてお互いに切磋琢磨できることは刺激的。

情報は発信する人にしか集まらない、行動する人のところにしか
人は集まらないというのは、ビジネスだけではない。

今は大事なことはマチクリ事業発展と家族に他ならないが
海まちデザインもこれからが楽しいところ。
行政の仕組みや、市民活動に関してもっと勉強して
価値ある行動にしていきたい!

と決意した、花粉症デビューの日曜でした。
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札幌の素顔
とてもありがたいことに最近、札幌に来る機会が多い。
何もなくて毎年2~3回は故郷の札幌に帰ってきていたが
雪祭りシーズンに戻ってくるのは初めてだろう。

22年間生まれ育った街だが、来るたびに新しい発見や
温かい想いを頂き、また来よう、また食べようと良い
イメージで戻ってくる。

いつも短期間なので、表面のおいしいところだけを
体験してくるので、いつの間にか、自分の中で札幌が
厳しい冬の札幌から、観光地札幌に変化してしまった
ことに気づく。

しかし、仕事で動き回るとなると、札幌はそんなにぬるい
ところではない。
朝、実家を出て、徒歩10分弱の地下鉄の駅が遠い・・
そう、道がない。真っ白な除雪車が入る前の道路は
人の足跡の獣道しかない。
中島公園の地下鉄駅をおり、外に出ると、今度は
真横に降る雪で、前が見えない。

SH010649.jpg

そういえば、傘をさしているのは私だけではない。
子供のころは、冬に傘など使うことなどなかった。
雪はさらっとしているので、体についても一振りすれば
落ちていく。頭の上が真っ白になっても、なんら気にする
ことはなかった。
しかし、最近の雪は温暖化の影響なのか、水分を含んで
おり、傘をささないと濡れてしまうので、みんな普通に傘
をさしている。街の変化がこんなところから伝わってくる。

車で移動している時には、横に座っていも緊張して
足が突っ張ってしまうほどである。
車線など当然見えない。センターラインも歩道もない。
突然除雪した道路脇の塊が道幅を
狭くしたり、片側3車線道路が、ほぼ1車線になっていたり
当然路面は圧雪の上に雪が積もるツルツルにふわっと状態。
視界は、悪く前を行く車のテールランプが頼りとなる。
さながらホワイトアウト状態!

SH010650.jpg


学生のころはFR車の醍醐味で、後輪をドリフトしながら
走ったものだが、今から考えると恐ろしいこと。
何度か、車体を真横にしたり、ワダチでオモステのキックバックで突き指
したり、フロントウインドウの10㎝大の雪の隙間だで視界だけ走ること
・・路面の変化を俊敏に捉え、五感を使って走っていたあの頃はきっと
今よりも運転技術は上だったのだろう。

車も今ほど進化していないので、マニュアルのダイレクト
な反応をコントロールする楽しさがあった。
今の車は至れり尽くせりで、情報収集だけでなくその対応まで
電子制御してくれるから、眠っていても安全に走らんとばかり
いや、眠ることもできないように眼球の動きをセンサー
が察知して、眠らせないのだから、もはや移動手段の
便利な箱でしかなくなったのだろう。

札幌は美しい街ではあるが、自然が本性を剥き出せば
あっという間に白い悪魔の姿に変化する。
旭山動物園の白クマのように、愛くるしさの中に
秘めた野生の本能のようである。

その環境の中にいる時は、なんら不思議に
思わなかった雪の厳しさも、温かい東京に慣れ、なんでも
人が思うように環境を無理くり変えてきた都心にいると
白い壁はとてつもなく強い。(というか寒い)

環境が人を変えるのは子供の教育や、ビジネスの世界
だけではない。
もっと大きな意味での、マクロな環境に適応して生きる
ことの方が大切なのだと思い起こさせてくれた。

SH010654.jpg
※20年ぶりの雪まつりを見たが、「あれ!こんなんだっけ?」」
と思わせる寂しさ。もっと大きくて、もっと精巧で、もっと賑わって
いたような・・・雪像の後ろにタワーマンションなんてなかったし。










テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記


15年ぶりの再会からもらったこと
随分と時間が空いてしまい、気がつくと1月が終わろうしている・・・
とアップした時には、2月になってしまった。
正月にゆっくりとわが身を振り返り、目標シートを分解している
うちに1カ月が経過してしまったことに焦燥するが、忙しいだけ
の仕事がある環境に感謝する気持も大きい。

先日、年末に15年ぶりに連絡がついた友人と食事をする機会
があった。
中学、高校の同級生でいち早く札幌が東京へ出て、ファンション
業界、グラフィックデザイン、エディターとして苦労していた
人間だ。
今では、35人の社員を抱える、業界でも一目置かれるデザイン会社
のオーナー社長として頑張っている。

まともな食事は1週間に1度、風呂は10日に一度、栄養失調で
なんども倒れながら、偏狭なまでの拘りで雑誌の編集業界に
いち早くデジタルパブリッシングにチャレンジをして成功を
納めた社長である。

私の記憶では、学生時代に一緒につるんでいた記憶よりも
卒業してから、いつも貧乏で、青白い顔をしていた印象の方が
強い。
20代前半は、デザイナーブランド、インポートブランドが全盛
の時代、シャケ弁を食べながら、プライドだけで生きていた
人たちが、いっぱいいた時代。
そんな彼には、色々と着こなしを教えてもらったり、洋服を
借りたりしていたものだった。

おかげで、良いものを見極める目は多少なりとも身に付き
今では考えられない高価な洋服だったが、10年、15年愛着を
持って着続けられることを体現した。

今も、見た目はヒッピーかレゲエのオジサンの風体で変
わらないが人がやらないことにリスクを取って挑んできた
スピリットが本物であったのだと、ただただ感服する。

好きなことだから、それしかなかったから・・という言葉は
とてつもなく重苦しいが、純粋で爽やかなの心情を抱かせる。

「クリエイターは、当たり前のことができない人間が多いから
当たり前のことをやっている。コミュニケーションとかの
レベルでなく、挨拶、いや返事ができないやつがいる。」

「最初は、あなぐらのような奇抜なオフィス、自由な組織で
クリエイター気取りの会社を作ったが、だんだんとだらしなく
なり、結局仕事もだらし無っていって崩壊した」

「その後は、徹底して会社らしい組織を作った。これまでの
反省のもと、規律を沢山作って、社員旅行に行ったりと
会社風にして、マナーを大切にしている」
と変革の経緯を教えてくれた。
SH010617.jpg
↑社長室は相変わらずアナグラチック

そういえば、先般ある住宅会社の協力業者さんの次代の
経営者向けに勉強会を担当させて頂いた。
時間を割いたのは、戦略や財務、マーケティングや人材
育成ではなく「マナー」である。

マナーは、違う価値観の人間同士が一緒に仕事をする
上でもっとも有効な行動形式である。
同じ価値観の人間の塊であれば、マナーがなくても
「そういうことか」と理解しあえるかもしれないが、それぞれ
違う歴史を刻んできた人間が意思疎通するには、これこそが大事
である。

礼節、マナーを守るから、同じ土俵で仕事ができる。
表面だけ挨拶をしても、お互い違う土俵で仕事をしたのでは
当然うまくいくはずもない。

友人の社長は、グラフィックについて、学校で体系的に
学んだわけでもなく、全て独学。
会社の経営も、誰に教わることなく身につけてきた独学。

マナーも、仕事も、How to ~ どうやるの?
という姿勢はダメで
Why~ 何故やるのか、何が狙いか?
があれば、形を学ばなくても、後から着いてくるのだ。
















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